月の訪問者(The Visitor Under the Moon)
あの庵に通っていた老人は、
いつしか姿を見せなくなった。
代わりに、噂が立ちはじめた。
満月の夜、
誰かが“あれ”を見たという。
「色白の若者だった」
「肌に血の気がない……死人のようだった」
「目が合ったら、金縛りにあったんだ」
「夜にしか出てこないのは、太陽が苦手だからだろう」
「まさか、血を吸って生きているんじゃ……?」
「え? じゃああれって……」
──誰かが、口にした。
「怪物……だ」
言葉が、恐れをかたちにする。
名もない恐怖が、輪郭を持ち始める。
「なぜ年を取らないのか?」
「なぜあの庵の者は姿を見せぬのか?」
「なぜ近づいた者は、みな口をつぐむのか?」
誰も答えを持たない。
だからこそ、噂は“事実”になっていく。
村人たちは、庵に近づかなくなった。
見えない存在が、
そこに“棲んでいる”と信じ始めた。
そしてその存在には、
まだ誰も“名前”を与えていなかった。
だが──
誰かが名を与えるのは、
もう……時間の問題だった。
