沈黙の庵(The Silent Hermitage)
山奥に、小さな庵があった。
その場所は「ドラック山」と呼ばれている。
“Drac”──古の言葉で「竜」を意味すると言われ、
かつて竜が棲んでいたという伝説が、いまも村には残っている。
それだけ高く、険しく、
人の気配から遠ざかった山奥。
静かで、誰も近づかぬその場所に、
一人の老人が通っていた。
老人は病弱だった。
足元もおぼつかない様子で、杖をつきながら、
ゆっくりと、慎重に、山道を登っていった。
それでも──
庵から戻る彼の顔は、
なぜか少しだけ、穏やかに見えた。
頬のこけ方がわずかに和らぎ、
次第に足取りも、幾分しっかりしているように見えた。
「……誰かいるのか?」
村人たちは不思議に思った。
だが、庵の主の姿を見た者はいなかった。
老人が入っていく姿は見える。
だが、出てくるときも──
その背後に誰かがいたことは、一度もなかった。
「あの中には、どんな人物がいるのか?」
問いかけても、
老人は何も答えなかった。
ただ、静かに微笑むだけだった。
季節がひとつ、過ぎた。
いつからか、他にも庵へ向かう者が現れ始めた。
若者、旅人、名も知らぬ顔ぶれ──
どの者も、決して多くを語ろうとはしなかった。
「最近、調子がいいんだ」
「なんとなく、元気になった気がして……」
そんな曖昧な返事ばかり。
村人が問うても、
その人々は皆、同じように口を閉ざした。
「おかしい」
「いったい、あの庵の中では何が行われているんだ?」
「まさか……何かの儀式か?」
「住人は一度も姿を見せないというのに」
不安と好奇心が入り混じった声が、
ひそやかに、村のあちこちでささやかれ始めた。
何も起きていない──
そのはずなのに、
確かに、空気は静かに変わり始めていた。
