以前、呼吸法について書いたことがあります。
吸うときには交感神経を上がり、吐くときには副交感神経を下る――そんなイメージでした。ちょっと言葉足らずだったので加筆としてお話します。
最近になって、ひとつの仮説が浮かびました。
それは、「気功の小周天って、実はつながっていないんじゃないか?」というものです🌀
これは否定ではなく、あくまで“気の自然な流れ”についての視点です。
呼吸の行き止まり構造?😮💨
吸うことで体がシャキッと目覚め、交感神経が働きます。
逆に吐くと、リラックスモードに切り替わって、副交感神経が優位になります。
でもこの2つのルートって、ぐるっとループするものではなく、どちらも“行き止まり”なんじゃないか?
そんな構造で考えてみると、ちょっと面白くなってきました。
クンダリニーと“誤解されがちなエネルギー”の正体💡
もしクンダリニーエネルギーが目覚めたとき、
そのエネルギーは交感神経側・副交感神経側、それぞれに分かれて流れていくとします。
ところが、交感神経側の通路が開いていないと、
副交感神経側にばかりエネルギーがたまってしまうんですね。
すると、それが“性的なエネルギー”と感じられてしまうケースがあるんです。
でもこれは構造上、ある意味で仕方のないこと。
身体の準備が整っていないだけなんです😌
だからこそ、意識を交感神経のルート=“上昇するエネルギー”に向けていくことで、
そのエネルギーはより純粋で、創造的なパワーとして感じられるようになります🌿
「六道」とチャクラ、そして“降りる”という選択
気を第六チャクラ(眉間)まで上げていくと、
左脳と右脳のあいだにある扁桃体や視床下部を経由して、
副交感神経(特に迷走神経)に意識を“落とす”ことができます。
このルートを使えば、エネルギーが全身へと広がり、
肉体的にも精神的にも活性化される可能性があるんです✨
第七チャクラは、もしかして存在しない?🤔
さらに最近では、「第七チャクラって本当にあるのかな?」とも思うようになってきました。
というのも、右脳にエネルギーが極端に流れたときに体験するのって、
「全体性」「抽象性」「自己の消失」といった、いわゆる“悟りらしきもの”なんですね。
これは「喜怒哀楽」でいえば、
左脳の論理が「怒」「哀」を生みやすく、
右脳は「喜」「楽」に近い働きをしていると考えられます🎭
つまり、右脳にエネルギーを振り切ることで「全的な肯定」や「無我」に至るわけですが、
それはバランスの果てにある一時的な境地であって、“ゴール”ではないと感じています。
本当に大切なのは「中道」💗
大切なのは、やっぱりバランス。
左右の脳、上下の神経、感情のすべての中間点に意識を置くことで、
副交感神経の中枢――特に迷走神経を通じて、
エネルギーを“ハート”へと導いていくことができます。
この“ハートの意識”こそが、
仏教やスピリチュアルで語られてきた「本当の目覚め」に近いものなのかもしれません🌸
「吸って上がり、吐いて降りる」
その当たり前の呼吸の中に、
構造的な智慧と気づきが潜んでいるのかもしれませんね🍃
